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SDGs 2021年12月21日

世界最大のスラムがある国で何ができるのか?(前編)

人材育成の前に自分自身にその価値があるのか、自分自身が成長への学びと気付きを失っていないの考える機会となったことがる。今から数年前にケニアに旅行に行く機会を頂いた。お誘いいただいた方は、テレビ番組の撮影されたカメラマンで、アフリカのケニアを訪問されており、今回その時の撮影のお礼を兼ねて訪問されるということだった。最初にお話を伺ったときにはお断りしたのだが、視察旅行の概要を伺ううちに行ってみたくなった。「自分に何ができるのだろう?」その漠然とした問いを抱えていた。9日間の休みと行くにあたってはマラリアや肝炎の予防接種するなど準備も大変である。事前に見ておいてと渡されたDVDは国連の食糧大使である知花くららさんが、学校や世界最大のスラムと言われるキベラスラムを視察、そこでエイズに感染しながらも一生懸命働いている女性たちを激励する。他にもマサイ族の村やエイズに感染したり身寄りのない子供たちが暮らす孤児院、日本のNPO法人であるACEF(アフリカ児童教育基金)が運営する学校や病院、職業訓練学校が取材されていた。

ケニアまでは羽田からドバイ経由で約15時間かかる。空港でACEF所長の塩尻さんに出迎えてもらう。いよいよ旅が始まる。今回の旅行は観光と視察が半々である。印象に残った訪問先は世界最大のスラムと言われるキベラスラムである。首都ナイロビに隣接しているが政府はスラムの存在を認めていない。狭い土地に数百万人が暮らしているといわれる。錆びた赤茶色のトタンで作られた狭い掘立小屋のような住居、舗装されていないゴミだらけの通路、スラムの中を流れる川はゴミで覆いつくされており水は見えない。もちろん、電気は通じていない、ガスも水道もない。当然下水もなく、各家庭にトイレがあるはずがない。水はお金を出して買いに行かねばならないのである。公衆トイレはあるものの人口に対して少なすぎるのである。日本では当たり前の電気や水道、ガス。物質的な豊かさの中にいるのは事実。

今回は、スラムの中を横断した。前後には塩尻さんの知人であるスラムの顔役がボディガードとしてついてくれていた。ジャンボ(こんにちは)とスラムの住人と挨拶する。笑顔で挨拶を返して売れる顔には悲壮感はない。みんな明日の豊かさを夢見て必死で生きている。そこには、持ちつもたれつでまわりの人を助ける一種のコミュニティ、あたたかさのようなものを感じた。先進国からみれば貧困な国なのかもしないが、一日一日を精一杯生きようとしている姿がそこには存在している。

ナイロビの商業施設には必ず警備員が配置されている。店舗によっては玄関で銃を持って警備している。手荷物検査を実施している店もある。ホテルによっては飛行機に乗る際のセキュリティレベルである。テロの危険や万引きや犯罪防止かもしれないが違和感を感じる。そして物乞いをする人もみかける。                                                この国を良くしていくためにはどうしたらいいんだろう。インフラの整備も必要だが、働く場所の確保や同時並行で教育を進めていく人材育成が不可欠である。読み書きはもちろんのこと道徳的な規範や使命感も必要であろう。

ここでDNAの話を思い出す。大雑把に言うと、人の遺伝子の50%はバナナといっしょ、90%はねずみと一緒、99%チンパンジーと一緒と言われている。チンパンジーと人の1%の違いは何か?進化の過程の中で同じく原始の時代を生きていたわけだが、現在その差は歴然としているのは明白である。人は一人では生きてはいけない。だからこそ言葉というコミュニケーションを使いながら集団で生きてきた。人が人の役に立つ、貢献するそういう遺伝子を持っているのだ。自分さえよければよいという自己を越えた他人のために自己実現する力、国や人種を越えてグローバルな視点での手助けや共創関係が必要なんだと実感した。

今まで自分が自分がという自分さえよければというポジションではなかったか。そのくせ人目を気にしたりまわりからの評価を気にする。うまくいかなければ周りのせいにする。なんだかそんな自分が恥ずかしくなる。与えられた環境の中でより良い人生に向かって必死に生きている。映画「沈まぬ太陽」の舞台の一つもナイロビだった。自分に何ができるのか?

(後編に続く)

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