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人を育てる視点は、長所から?短所から?

人を育てる視点はどうだろうか?長所を伸ばすか?褒めるか?短所を改善するか?普段、どりらの視点に立っていることが多いだろうか?その人の人間性がついつい出てしまうのではないだろうか?やっている仕事や行動をみてくれて認められてほめられるのはとてもうれしいことではないだろうか。さらにがんばろうとやる気がわくかもしれない。新人やどのことを初めて挑戦したことであればなおさらであろう。普段、あまり気には留めていないけれども、自分では思ってもみなかったことをほめられるとそれもまた、新たな発見があってうれしいものである。

逆に欠点を指摘されるのはどうだろう?良かれと思って言ってくれるかもしれないが、出来てないことを指摘されるのはあまり気持ちの良いものではないだろう。できる人からみると人はできていないことが目についてしまう。期待する思いをもって問いかけるような気付きをもらえる視点でコトに対してであれば、相手への感謝の気持ちとともに改善の意欲がわくかもしれない。しかし、できていないことをあたかもその人のせいであるかのような指摘はどうだろうか?何か責められているような気持になってしまい自分自身に対して自信を失ってしまったり足を引っ張ているような気持になってしまうかもしれない。

の場合はどうだろうか?良く組織風土というものがある。欠点やできていないところを改善していこうという会社と長所を伸ばそう、出来ているところを大切にしていこうという違いがあるとしたら、その会社のパワーはどれほど違うかもしれない。欠点をいいあうよりも長所をほめあう方が元気が出るしやる気も上がるだろう。ただ単にほめればいいというものではなく、チャレンジできるような社風が必要なのではないだろうか。こまかな失敗やミスをなくすことも大事だがそのことにとらわれすぎず、ミスがあったとしても人ではなくコトに焦点があたるようにしていくことが会社や人の成長に必要なのではないかなと思う。

指摘をする場合は、仕事とルールとけじめをつけることも必要かもしれない、仕事の場合は前述のとおりであるが、マナーや社会人としてのルール、みだしなみや出勤時間や挨拶などの基本的なことはハウスルールである。みんなが気持ちよく働くためのルールは守ってもらわなければならない。そこは、きちんと指摘をしないと不公平感が生まれる。その時に必要なことが怒るか叱るかの違いであろう。怒るは感情的に相手を責める、過去のことを問題視する。叱るは相手のことを思って相手に諭すように、これから将来のことを考えている。人の成長を考えるときに自分自身を客観視して気付くことは多い。あの時の言葉は感情的になっていたなとか、相手を責めていたなとか。

そういえば親として子供をもってから学んだり気付くことの方が多かったと思う。自分の感情にまかせてついつい指摘してしまうことがどれほど多かったことか、もっと伸ばしてやりたかったなと気づくこともある。行き過ぎると甘やかしてしまうことになるのかもしれない。なかなか加減が難しい。一番やってはいけないことは「無関心」や「無視」だろう。無関心はハラスメントの「過小な要求」にも値することである。無関心の対義語は「愛」である。この世の中を愛にあふれる互いが尊重しあえるような社会になるように少なからず貢献していきたい。

 

 

人材育成

2021.12.25

上司が鬼とならねば部下は動かないのか?

一昔前に話題になった本のタイトルがある。「上司が鬼とならねば部下は動かず」と。上司の力量により部下の能力を引き出し、結果として組織の成果が出せるかどうかが決まる。上司としての人間性、仕事の進め方やリーダーとしての在り方が部下に影響するのは間違いないだろう。部下に遠慮しているようであれば、組織として成立するのは難しいだろう。一昔前の日本型経営の時代にはそうだったのかもしれない。一度会社に入社すれば定年まで働き続けるのが当たり前とされてきていたような時代。給与も年功序列型であるから、年を重ねるだけで給与も上昇する。当然、ある程度の年になれば役職もついてくるような時代。本当に実力や能力があって部下を統率するリーダーシップが発揮できるような上司であれば仕事もうまくいくだろう。しかし、年功序列で昇格するような人選の時代にあっては、上司によっての能力や実力、人間性のばらつきはとても大きかったのかもしれない。

 管理者養成で歴史と実績のある管理者養成学校も地獄の訓練で有名であった。私も社命を受けて訓練を受けやっとの思いで終了した。つらい経験だったが、内省をする機会を頂き有意義な時間だった。機会があればあらためてその経験についてお伝えしたいと思う。時代の流れは大きく変わりつつある。少子高齢化、終身雇用制からJOB型の雇用へと転換が進みそうつつある。どの会社に入るかではなくどんな仕事をしたいのか。自分の人生のライフプランからキャリアを考えていく時代。そして、上司の在り方や組織の在り方、そしてワークライフバランスも大きな変化の中にある。

 私がコーチングという言葉を初めて知ったのは今から20年前になるだろうか。会社が主催する2日間の幹部向けのコーチング研修に参加した。当時は画期的でおそらくアメリカから日本にコーチングの考え方が入ってきて間もない頃であった。これまでの会社の体質はまさに上司が鬼とならねば・・・だった。右肩上がりの業績アップの時代には上司の力量は露呈しなかったのかもしれない。しかしながら、年功序列的な人間関係や人と人のつながりだけでは行き詰ってしまう。

 業績が低迷し悪化すれば、経営としてはリストラや経費削減になりこれまでの人員体制の見直しや効率化にむけてコストカットが行われるのは明白な事実である。そんな中で、組織や上司が機能して組織としてまとまっていれば成果にもつながり苦境をしのげる糸口をチームで創出していけるかもしれない。そうでない場合は社員の退職は増る。そこに、成果主義と称して目標管理制度を導入しようとするが、その達成のためには、当然コミュニケーションのスキルやこまやかな進捗管理による面談やOJTが必要となる。その成果を出していくための1ON1面談の手法の一つはコーチングである。コーチングは組織文化であると思う。組織文化であるがゆえに、流行としてのただ一つのコミュニケーション手法としての捉え方だけでは壁にぶつかる。以前の会社では、現に数年もしないうちにコーチングという言葉は聞かれなくなってしまった。

私もスキルとしてのコーチングというコミュニケーションの記憶はある。会社の業績はさらに悪化していった。この先、この事業を撤退するのか再構築してV字回復させるのか、会社の存続が問われる時代になった。私は、会社の改革プロジェクトのメンバーになり、教育部門を担当することになった。それから会社の教育制度を再構築し、会社のホスピタリティの環境づくりや経営理念の共有など会社の人材育成の実務を職責とし土台をつくりあげた。次のステップは真の意味でのコーチングによる組織風土改革を自ら行うことになる。協力会社の手助けを借りながら以前の外部講師による研修とは違い、自らのお金と時間をかけて自らビジネスコーチングを3年をかけて学ぶ覚悟を決めた。ビジネスコーチングのみならず、組織やチームのかかわりも重要と考え、チームコーチの認定を受けるに至った。組織風土に人を大切にする尊重する成長する文化を浸透させるには組織の上から下へまんべんなく、継続的に定着するまで浸透させていく必要があるから。

 

そして、コーチングとともにとても大切だと感じたことは、ホスピタリティの環境づくりである。お互いがリスペクトして働ける環境こそ、コーチングで大切にしているラポール(信頼)の構築である。永年、ホスピタリティという言葉を学んできたが、この環境をベースに組織風土に根付かせ、コミュニケーション手法の一つであるコーチングの考え方やスキルを学び鍛錬していくことで、本当の意味でのハラスメントのない働きやすい職場環境が実現できると身をもって経験してきたし実績をあげたと自負している。そこに、キャリアコンサルタントとしてのカウンセリング手法を合わせ技で組み合わせることで、ウェルビーイングな働き方を実現できると確信している。そしてそのことをセカンドキャリアとして多くの個人や組織に貢献していくことでウェルビーイングな社会づくりに役に立つことが私の使命である。

人材育成

2021.12.22

世界最大のスラムがある国で何ができるのか(後編)

さて、後編に入ろう。この視察で心に響いていたのは、孤児院の事とし尿処理やゴミ処理の遅れの問題である。HIVに感染した子供たちや身寄りのない子供や親が育てきれない子供たちのために孤児院を国からの要請を受けてACEF(アフリカ児童教育基金)が運営していた。国からの補助はほとんどなく、ACEFに寄せられた寄付金などで賄うしかないと聞いた。ACEF代表の塩尻さんの心配事は、その子どもたちが大きくなった時のこと。ACEFが運営する孤児院はケニアの北東にあり、働く場所はほとんどないところ。塩尻さんの希望はその孤児院の近くに働く場所をつくりたいということ。孤児院は大自然の中にあり、土地は広大にある。そこにオーストリッチファームやアスレチック施設などの観光施設を自らの手でつくり地域の経済を活性化するとともに孤児院の子供たちが生計を得るということ。私がケニアの旅行にお声掛けいただいた一つには、そのプロジェクトに何かしらのお役に立てることではないだろうか。その施設には人々が憩いの場とするレストランも必要だし、接客の教育も必要である。せっかく、日本の飲食業で経験を積んできたからには、日本のおもてなしの心を伝えることはできるのではと思う。孤児院の施設見学とプロジェクトの予定地を視察させて頂いた。何ができるかという問いのヒントを頂いたような気がした。

また、スラムのゴミ問題は深刻である。スラムのゴミやし尿が川や池を汚染している。そのし尿の栄養分がホテイアオイなどの水草を大量に繁殖させ、魚などの生き物が住めない環境悪化につながっている。ホテイアオイで覆われた池は枯れたホテイアオイやゴミが堆積し次第に陸地化するという悪循環を生み始めている。ホテイアオイを除去してバクテリアで分解し有機肥料に変えることで農産物の生産に結び付ける試みを行っていると塩尻さんから聞いた。フラミンゴで有名なビクトリア湖もホテイアオイの被害は深刻である。次回のケニア訪問の際はビクトリア湖の清掃活動を共にするよう依頼された。私の役割は、視察で感じたことや気付いたことを多くの日本をはじめ世界の人に知ってもらうこと。そして一人でも多くの人が自分にできることを考え、そのことを行動に移していくことが大切だと感じた。数年後、ケニアではプラスチックやビニール製品が海外から輸入されゴミ処理がおいつかず街中がプラスチックやビニールゴミであふれかえっていた。ケニアではすでにレジ袋は廃止されていた。

 

日本に帰国してから、縁あって会社のCSR担当になった。飲食業ではプラスチックストローなどの環境問題が問題視されており、ドリンクバーのストローを紙製に変えたり、かき混ぜるのはプラスチックストローから木製のマドラーに変えたり試行錯誤が始まった。昨今、地球温暖化による異常気象や環境悪化が取り上げられSDGsに対する取り組みが加速しているように思う。大切なことは、誰かがやってくれるのを待つのではなく、自ら当事者意識をもってできることから始めることではないのだろうか。

私なりにできること。2030SDGsファシリテーターの資格をとり、カードゲームを通じて多くの人に持続可能な地球を考えてもらい行動を起こしてもらうこと。鎌倉でお世話になっている店舗の近くに由比ガ浜がある。月1回有志が集まってボランテイアでゴミ拾いをすること。

ゴミを分別してリサイクルできるものはリサイクルするようにすること。近い将来、ケニアにいってビクトリア湖の清掃活動をすること、プロジェクトに加わっておもてなしの心をともに学びあうこと。たとえどんなに不可能に見えても自分が一歩を踏み出すこと。小さな一歩の積み重ねが多くの人の行動につながりますように。そんな自分でありたい。最後に、塩尻さんはコロナウイルス感染症により本年4月にケニアでご逝去された。ご冥福をお祈りするとともに、その志を大切にしていこう。

SDGs

2021.12.21

世界最大のスラムがある国で何ができるのか?(前編)

人材育成の前に自分自身にその価値があるのか、自分自身が成長への学びと気付きを失っていないの考える機会となったことがる。今から数年前にケニアに旅行に行く機会を頂いた。お誘いいただいた方は、テレビ番組の撮影されたカメラマンで、アフリカのケニアを訪問されており、今回その時の撮影のお礼を兼ねて訪問されるということだった。最初にお話を伺ったときにはお断りしたのだが、視察旅行の概要を伺ううちに行ってみたくなった。「自分に何ができるのだろう?」その漠然とした問いを抱えていた。9日間の休みと行くにあたってはマラリアや肝炎の予防接種するなど準備も大変である。事前に見ておいてと渡されたDVDは国連の食糧大使である知花くららさんが、学校や世界最大のスラムと言われるキベラスラムを視察、そこでエイズに感染しながらも一生懸命働いている女性たちを激励する。他にもマサイ族の村やエイズに感染したり身寄りのない子供たちが暮らす孤児院、日本のNPO法人であるACEF(アフリカ児童教育基金)が運営する学校や病院、職業訓練学校が取材されていた。

ケニアまでは羽田からドバイ経由で約15時間かかる。空港でACEF所長の塩尻さんに出迎えてもらう。いよいよ旅が始まる。今回の旅行は観光と視察が半々である。印象に残った訪問先は世界最大のスラムと言われるキベラスラムである。首都ナイロビに隣接しているが政府はスラムの存在を認めていない。狭い土地に数百万人が暮らしているといわれる。錆びた赤茶色のトタンで作られた狭い掘立小屋のような住居、舗装されていないゴミだらけの通路、スラムの中を流れる川はゴミで覆いつくされており水は見えない。もちろん、電気は通じていない、ガスも水道もない。当然下水もなく、各家庭にトイレがあるはずがない。水はお金を出して買いに行かねばならないのである。公衆トイレはあるものの人口に対して少なすぎるのである。日本では当たり前の電気や水道、ガス。物質的な豊かさの中にいるのは事実。

今回は、スラムの中を横断した。前後には塩尻さんの知人であるスラムの顔役がボディガードとしてついてくれていた。ジャンボ(こんにちは)とスラムの住人と挨拶する。笑顔で挨拶を返して売れる顔には悲壮感はない。みんな明日の豊かさを夢見て必死で生きている。そこには、持ちつもたれつでまわりの人を助ける一種のコミュニティ、あたたかさのようなものを感じた。先進国からみれば貧困な国なのかもしないが、一日一日を精一杯生きようとしている姿がそこには存在している。

ナイロビの商業施設には必ず警備員が配置されている。店舗によっては玄関で銃を持って警備している。手荷物検査を実施している店もある。ホテルによっては飛行機に乗る際のセキュリティレベルである。テロの危険や万引きや犯罪防止かもしれないが違和感を感じる。そして物乞いをする人もみかける。                                                この国を良くしていくためにはどうしたらいいんだろう。インフラの整備も必要だが、働く場所の確保や同時並行で教育を進めていく人材育成が不可欠である。読み書きはもちろんのこと道徳的な規範や使命感も必要であろう。

ここでDNAの話を思い出す。大雑把に言うと、人の遺伝子の50%はバナナといっしょ、90%はねずみと一緒、99%チンパンジーと一緒と言われている。チンパンジーと人の1%の違いは何か?進化の過程の中で同じく原始の時代を生きていたわけだが、現在その差は歴然としているのは明白である。人は一人では生きてはいけない。だからこそ言葉というコミュニケーションを使いながら集団で生きてきた。人が人の役に立つ、貢献するそういう遺伝子を持っているのだ。自分さえよければよいという自己を越えた他人のために自己実現する力、国や人種を越えてグローバルな視点での手助けや共創関係が必要なんだと実感した。

今まで自分が自分がという自分さえよければというポジションではなかったか。そのくせ人目を気にしたりまわりからの評価を気にする。うまくいかなければ周りのせいにする。なんだかそんな自分が恥ずかしくなる。与えられた環境の中でより良い人生に向かって必死に生きている。映画「沈まぬ太陽」の舞台の一つもナイロビだった。自分に何ができるのか?

(後編に続く)

SDGs

2021.12.21

ラーニングゾーンに一歩ふみだす

会社に勤めておよそ36年。長い会社員人生の中での誇れるものはあっただろうか?。自分では思い浮かばないが、まわりの方から結構言われたことがあります。それは、「うちの会社で教育といえば三浦だね。」「人材育成といえなばあなただね。」ということ。そうか、俺は、会社で教育・人材育成ナンバーワンだ。

 確かに、会社の中では教育に永年携わってきた。その中での一番での思い出は、御殿場で開催された新入社員120名が参加した導入研修。主任教官として3泊4日を過ごした。無我夢中でともに仲間という意識で。経営基本理念のグループ審査や40キロの歩行訓練が印象に残る。東京で開催される入社式に送り出した後の達成感はなんともいえなかった。人の成長にかかわる素晴らしさを実感した。自分で自分をよくやったと自画自賛した。帰りに行きつけの酒屋で1984年(自分の入社年)のシャトーマルゴーを買って祝杯をあげたっけ。

 人材育成に人生を賭ける。セカンドライフは人の成長に自分の命を使いたい。そんな思いから「ワンナップラーニング」を起業した。これからのブログでは人材育成をテーマに幅広く自分の想いを分かち合いたい。特に若者の応援団として、ミドルシニアのセカンドライフに向けた人生活躍サポートをしたい。会社を自己都合で早期退職して2年。その間、キャリアコンサルタントの国家資格や2030SDGsファシリテーターの資格、ライフプランアドバイザーの勉強をしてきた。

人それぞれ人生がある。自分の人生を生きる。頭ではわかっていても、なかなかそうはいかない。それぞれに実現したいビジョンがあるだろう。中には今を生きるだけに精一杯という人もおられるだろう。人はコンフォートゾーンにいるのが楽だ。何かしら言い訳をして今までの殻(安全圏)にいる。あえて冒険はしたくない気持ちはわかる。しかし、ビジョン実現には安全圏を出て、ラーニングゾーンに一歩踏み出さなければならないのだ。そう、何かを手に入れるためには何かを手放さなくてはならないのである。実がその一歩があなたにとっての大きな成長につながっていくのである。会社の名前は、ひとり一人が成長し、ビジョンに向かってステップアップできるようにという意味をこめて命名した。ワンアップ・ラーニングの由来でもある。

これからビジョン実現のためのお話や成果に繋げていくためのいろいろなことをお伝えしていきたいと思う。会社での体験談や人生のいろいろな場面で学んだお話、おすすめの本など幅広く情報発信をしていきます。2021年12月20日は私がセカンドライフ実現のため一歩踏み出した記念すべき日。多くの人にっとての人生活躍サポーターとして踏み出していきます。どうぞ、宜しくお願いします。

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